留学・ワーホリ後の人生。みんなどうしてる? | オーストラリア留学 ワーホリのアクティブウーマン

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[2013/01/22] 留学・ワーホリ後の人生。みんなどうしてる?


こんにちは。アクティブウーマンの桜井です。

いつもメルマガを読んでくださり、ありがとうございます。

人生の岐路に悩むアクティブガールズたちに、そっと背中を押す言葉を
いつも届けています。


========================
留学やワーホリを終えた人たちは、みんなどうしてるんですか?
という素朴な疑問にお答えしようかと思い
卒業生?にアンケートを実施いたしました。


一番に回答をくださったYUKIさんの非常におもしろい人生の軌跡を
ご紹介しますね。




ここから
================

> ★渡航年月   2008年


> ★帰国後はなにをしていますか?


国際救援がしたかったので語学が必要で2007年に留学。

1年間でTOEICの結果は病院が定める規定をクリアしたのもの
自分が納得できる英語力に達せずこの先どうするかを悩んでいました。


その頃たまたまラングポーツに来ていた桜井さんのことを友人が知り教えてくれ、
ゴールドコースト留学中にメルボルンの学校を紹介してもらいました。



そして一旦日本に戻りビザを再申請し2ヶ月後にはメルボルンに渡豪してました。
8ヶ月の勉強後、IELTSもTOIECも’ここまでが今の私にできる力’
という一定の目標には達したというか、
これで最後の留学と決めていたので帰国後すぐに病院に再就職。


国際救援で頑張っていきたいと思って元々いた病院に就職したのですが、
まあ色々ありましてモチベーションを無くしてしまったというか、
待てば翌年には研修にも行けたであろうチャンスをこのまま残って頑張るか、
はたまた2度目の留学で知り合った遠距離中の彼の元で
オーストラリアでの看護師の資格をとるべく頑張るか・・・と迷いまして、
今、オーストラリアです。



オーストラリアに行くと覚悟を決めたときはすっきりしたのですが、
行く直前には病棟の仕事も楽しく後ろ髪を引かれるような思いでの退職、
看護部長にはいい顔をしてもらえず、
そして退職間近には体調を壊して手術などほんと人生色々です。



こっちに来ての最初の1年はIELTSで頑張ろうと思って勉強していましたが、
これまたメルボルンのような周囲に同じような目標とする人もおらず情報もあまり入らず・・・
何をやっているのかと自分の頭で悶々と。



今頃日本にとどまっていたら救援で海外かなあとか後ろ向きなことを思ったり。 
そんなオーストラリア生活のスタートでした。




彼とはうまくいったらすごい、と思うくらいの程度だったのですが、
なんとか続きましてこれまた色々ありましたが
去年の9月に長男を出産、12月に結婚。
一児の母になりました。



その妊娠中に悪阻の中受けたILETSが散々の結果だったので
(このテストが最後と決めて受けました)、吹っ切れました。
もうIELTSは休憩したほうがいいだろうと。




そしてOET1本でいこうと決めたところ、TAFEで移民の人向けのコースなのですが
週一回ですがOETのコースができ、医療英語のコースも同じく週1度があることを知り、
同じように頑張っている人たちに出会うことができました。




メルボルンと比べたら情報の差は歴然として少ないのですが、
好きな町で過ごし、OETの勉強が少しでもできる環境になってきたことに嬉しく思います。



そして同じような目標で頑張っている人たちと出会えたことに刺激を受けることができ、
モチベーションもあげることができました。

ほんの些細なことなんですけどね、
出会いとは本当に人を変えてくれるというか、なんというか。



まだ子育てを始めたばかりで真剣に勉強をするのはまた先に伸びはしましたが、
今月末より週に一度学校に通うことにしました。


子供がまだ小さいのでちゃんとした授業には通えないので、
先生がいての授業ではなくボランティアの方と話をしたり、
自分が勉強したいことをリクエストすればマテリアルを準備してくれ
自分で勉強を勝手にでき、
好きな時間に帰ることができる気が楽なコースです。



今はこの先看護師になることを目標とするのか、
そうではなくライフスタイルに見合った
ほかの目標を見つけていくべきなのかが次の課題です。



看護師をあきらめようかという後ろ向きな考えではなく
少し考え方が変わったという感じでしょうか。


何を重要にしていくのかの目線が変わったというか・・・
とりあえずはOETの勉強は続けていきます。



「帰国後何をしていますか」の答えには
期待されたような結果ではないかもしれませんが、
それに長々と書かせていただきましたがこれが留学後の私です。
     
 

       
追伸;メルボルンのMLCで知り合った日本の看護師の数人と今でも連絡とってます。
大人になって新しい友達ができる機会はどんどん減っていくので、
留学で本当に貴重な体験をさせていただきました。
そのうち一人は去年OETに受かったとのこと。
        



★留学・ワーホリは役にたちましたか?



私は桜井さんのところから出発していった方々のように強くなって帰ってきたとか、
自分の考え方が変わったとか、価値観が変わったとか、
多分そんなものはあまりなかったように思います。



未だに留学期間合わせて3年近くいますが、
日本人っぽいね、ってよく言われますし。



でも出会いの大切さだとか、自分の弱さだとか、
日本で再就職した際の日本社会の悶々としたものだとか敏感に感じるようになったかもしれません。
一方で日本の良さを再確認したり。矛盾ですよね~。



はい、もちろん役にたっているというか人生で貴重な体験をしたと思います。
30歳をこえてからの決断だったからこそ余計に全てが重かったように思います。



 同じような留学で来ていた20代の皆さんと会うたび、
「なんであの頃留学しようと思わなかったんだろう、若いっていいな」なんて言いながら、
でも私は私の来るタイミングで来たと思ってますし、
だから来れたと思ってます。


 そしてもし行かなかったら今頃、
日本で働きながら「もしあの頃行ってればどうなってただろう」とか
考えてはの毎日だったと思います。
 



 あともう一つ、メルボルンに飛び立つ前日の夜、
たまたまメールを開くと「ホームステイ先が変わった」とのメールの受信。



このホームステイ先が急遽変わったことも人生で大きな出会いの一つになりました。
ホームステイ先のお母さんはもう70歳くらいになってるはずなのですが、
未だに連絡をとっていますし来月会いにいきます。



夜中中いろんなことを話したり、ちゃんと注意もしてくれたり。
私自身が決して特別だったようには思いません。みんなに同じだけ平等というか。

彼女自身、旦那さんと息子さんがいらっしゃいます。
もちろん彼らもとっても素敵です。
そして彼女には愛があります。


学生に対してそこまで考えてくれてるのかって。
自分の本当の家族の次に大切な人というか、
家族のように何かあったら心配でたまらなくなるという存在です。
ホームステイ先のお母さんというより、どちらかと言えば友人のような、でもどこか違う。


とにかく私にとって特別な存在で、
メルボルンに来て本当に良かったのはこの人に出会えたことが一番です。
もちろんそんな彼女のもとに来た学生さんはほとんどホームステイを延長される方が多いです。


お金が無い状態での留学だったので最低限の2週間のホームステイの予定でしたが、
結局2ヶ月バイトをしながらホームステイをし、
お金が底をついたので涙のシェアハウスへのお引越し。


そしてお金を貯めてまた2ヶ月後には戻ってました(笑)
最後にゴールドコーストへ旅たつときはもう涙、涙で。
今では素敵な思い出です。        
 
 
もう留学時代が過去になってあまり振り返ることがなくなったので
久々に振り返ってみたらこんなに長く書いてしまいましたーー;

 
去年あたりまで桜井さんのメールが届いており、
いつ読んでもパワーがあるなあと思いながら、
後ろ向きだった頃だったので(笑)


頑張らないとって思いながら読ませていただいてました。
 桜井さんのみなぎる前向きパワーはどこで充電され、
どう継続されているのか感心するばかりです。
 



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ここまで。



弊社は女性専門なので、やっぱりママになっている方は
いますよね^^

それにしても、オーストラリアにお嫁に行ったのですね。
でも、きっとそういう方も多いでしょうね。


子育てをしながらも、勉強を諦めない姿勢は
素晴らしいと思います。

誰と会うか
何と出会うか


人生は本当にいろいろですね。
動いた先に、次の未来が待っていますね。




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